東京地方裁判所 昭和33年(合わ)372号 判決 1959年2月27日
被告人 少年C(昭和一五・二・二八生)
主文
被告人を死刑に処する。
押収にかかる富士丸肥後守ナイフ一個(昭和三三年証第一四六六号の一四)はこれを没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は日雇労務者である父Eと聴能語能共に不完全な母Bの間に六人兄妹の次男として生れ、極度の貧困の中に東京都○○○区立××小学校同××中学校を卒業し、その後△鉄工所○○縫製等に勤務した後、東京都○○区×××町△丁目△△番地所在○○○製作所に工員として勤務するかたわら昭和三十三年四月より東京都立小松川高等学校に入学し定時制一年に在学していた者であるが、小中学校時代はクラスの委員或は学級の委員長或は副委員長に選ばれ又旺盛な読書力で一流外国文学書等を耽読する等すぐれた才能を示す反面、既に小学校三年在学当時書店で書籍を窃取したのを始め欲望のおもむくままに自ら制することが出来ず学校や図書館で時計や書籍学校の備品等を又自宅附近で自転車を窃取する等非行を累ね為に数回警察に検挙され現に東京家庭裁判所で保護観察処分に付されていたが、映画や小説等の露骨な強い剌戟もあつてかねてから女性に接したいという欲望を抱いていたところ、
第一、昭和三十三年四月二十日午後七時十五分頃人浴から帰宅の途中自転車に乗り東京都江戸川区鹿骨町前沼橋附近路上に来かかつたところ同じく自転車に乗り同区○○町×××番地の自宅から婚約者である同区×××町△△△△番地D方に行くため鹿骨街道を東に向い被告人と同一方向に行くF子(当二十三年)を認め追従して東進するうち同女が同街道から同区上篠崎町に通ずる通称浅間通に左折するや俄に劣情を催し附近は暗く人通りもないところから同女を姦淫しようと決意し、同区上篠崎町千九百十七番地通称浅間通路上で同女に追いつき自転車に乗つたまま矢庭に右手を差し出して同女の首にまきつけながら引きつけ共に道路脇の田圃中に転落するや直ちに仰向けに倒れた同女の上に馬乗りとなり両手指にてその咽喉部頸部を絞扼する等の暴行を加え同女を仮死状態に陥らしめた上これを右田圃内約十五米北方まで引きずつて行き同所で同女を強いて姦淫している中同女が蘇生し「誰にも言わないから逃げてください」と哀願すると、被告人も起ち上り自分の石鹸箱が紛失しているのに気がつき附近を探している中隙を見て同女が突然逃げ出したので直ちにこれを追つて捉え元の位置迄引き戻し再び同女をその場に引倒して仰向けにし、その上に馬乗りとなり前同様両手指をもつてその頸部を扼して同女を失神させ更に同女を強いて姦淫し、因て右扼頸により同女をして間もなく同所で窒息死するに至らしめ
第二、同年八月十七日午後六時頃プールででも泳ごうと思い立ち、途中その頃弟から借りて紛失したナイフの返済にあてる為富士丸肥後守ナイフ一個(昭和三三年証第一四六六号の一四)を買い求めた上自己の通学する同区××△丁目△△番地所在の小松川高等学校に赴き何気なく同校屋上に到つたところ、偶々同校定時制二年生徒G子(当十六年)が独り同所水槽タンク脇のコンクリートの石の上に腰かけ読書しているのを認め話しかけた際不図右ナイフを所持しているのを思い出し附近に他に人影もなかつたところから俄に劣情を催し右ナイフで同女を脅してこれを姦淫しようと考え、被告人の様子に不安を抱き立ち上ろうとした同女の右手首を左手で掴み右手で右ナイフの刃を起して突きつけ「ちよつと来い」と申し向け同女が愕いて「何をするんですか」と言い乍ら逃れようとすると尚も離さず同屋上の時計台下附近迄連行し同女が抵抗しながら、大声で「何をするんですか」「ひと思いに殺しなさい」等とわめいたのでその騒ぎを聞きつけ人がくることを虞れ、又同女に自分の顔を憶えられたままにしておいては犯行が発覚されるので同女を殺害した上情慾を遂げようと決意し、いきなり左手を同女の頸部に巻いて絞めつけた上同女をその場に引き到し仰向けに倒れた同女の横あいから両手指にてその頸部を緊扼し更に仮死状態になつた同女を屋上西側スティーム管防護壁内部に運び入れた上完全に死に至らしめるため同女の上に馬乗りとなり再び両手指にてその頸部を扼し更に所携の日本手拭をその頸部に巻きつけて絞扼して即時窒息死に至らしめてこれを殺害した上同女を強いて姦淫し、
たものである。
(証拠の標目)
右の事実は、
1、被告人の当公廷における供述
2、被告人の司法警察員に対する昭和三十三年九月六日附供述調書
3、録音テープ(被告人犯罪自供録音のもの)三巻(右同号証の三)の他
判示第一の事実につき
1、被告人の検察官に対する昭和三十三年九月二十日附供述調書
2、上野正吉、山沢吉平作成の鑑定書
3、司法警察員中台俊一作成の昭和三十三年四月二十一日附及び同月二十二日附各実況見分調書
4、証人Dの当公廷における証言及び同人の証人尋問調書
5、押収にかかる黒塗自転車一台(右同号証の二)
判示第二の事実については
1、被告人の検察官に対する昭和三十三年九月三日附及び同月九日附各供述調書
2、上野正吉、内藤道興作成の鑑定書
3、司法警察員森久雄作成の検証調書
4、証人森久雄の証人尋問調書
5、警視庁科学検査所長作成の昭和三十三年九月二十七日附及び同年十月二日附「鑑定結果回答について」と題する書面
6、H子の検察官に対する供述調書
7、押収にかかる水色万年筆一本、アメ色キャップ万年筆一本、ゴム消し一個、日本郵便切手二十八枚、緑塗黒鉛筆二本、青赤二色色鉛筆丸一本、富士丸肥後守ナイフ一個、手鏡一個、写真三枚、女物櫛一個及びロート目薬一瓶(右同号証の四乃至一四、二〇、二一、二四及び二六)
を各総合してこれを認める。
(法令の適用)
法律によると被告人の判示第一の所為は刑法第百八十一条第百七十七条前段に該当するので所定刑中有期懲役刑を選択し、判示第二の所為中殺人の点は同法第百九十九条に強姦致死の点は同法第百八十一条第百七十七条前段に該当するところ一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから同法第五十四条第一項第十条を適用し重き殺人罪の刑に従い所定刑中死刑を選択し、以上は同法第四十五条前段の併合罪なので同法第四十六条第一項に従い後者につき死刑を選択処断すべきなので他の刑を科せず被告人を死刑に処し、押収にかかる主文掲記のナイフ一個(右同号証の一四)は判示第二の強姦致死の犯行の用に供したもので被告人以外のものの所有に属しないから同法第十九条第一項第二号第二項本文に従い没収することとし訴訟費用につき刑事訴訟法第百八十一条第一項但書に従い被告人に負担させないこととする。
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は本件犯行当時被告人は心神耗弱の状態にあつた旨を主張するけれども、証人能美陽一、同鰭崎轍の当公廷における供述に被告人の検察官に対する供述調書、被告人の当公廷における供述態度等を総合するに被告人は自己顕示性や気分易変性外罰的加虐性冷情性等に精神病質は認められるが精神病的異常は何等認められず被告人はその犯行を詳細明瞭に記憶してをり犯行当時に意識の混濁があつたものとは認め難く所詮被告人は本件犯行当時心神耗弱の状態になかつたこと明である。
又弁護人は死刑は憲法違反であると主張するが、死刑が憲法違反でないことは既に最高裁判所の判例も存するところで当裁判所も同一見解であるので特にここに之を論じない。
弁護人の右主張はいずれも採用することができない。
(量刑理由)
情状について先づ被告人のため情状酌量すべき点がないかを考究して見るのに
第一、被告人は本件犯行当時少年法所定の少年であつた。即ちF子に対する犯行の時被告人は満十八歳二ヶ月、G子に対する犯行の時も満十八歳と約五ヶ月であつた。併し被告人は小学校及中学校を通じてその学業成績は中以上で、殊に国語、歴史等の学課に優れ、中学時代は数多くの世界的文学書を愛読し、又小学六年の時既にクラス自治委員に選ばれ中学においては各学年を通じて委員長或は副委員長に選ばれ同僚の間にその信望の厚かつたことが覗われる。この様にして被告人は一般の少年に比較してその智能発育の程度は寧ろ優秀であつた。又身体的にも被告人は本件犯行当時身長百七十八糎、体重七十瓩あり一般の少年に比して決して劣らない健康な体躯を持ち、又被告人は小学五年生の時既に男女関係を経験して性行為を理解し得たというので、その身体的発育の程度は寧ろ早熟であり一般の標準以上であつた。殊に本件犯行が一般少年犯罪として余り例を見ない大胆残虐な性的犯罪であることを考えれば、その量刑に当つて被告人が法律上少年である点を特に考量する余地はない。
第二、次に被告人が貧しい家庭に育ちその両親が朝鮮人であるということから社会的民族的偏見をもつていたのではないかということが懸念される。被告人の父Eは老齢の日傭人夫でその収入も少い上に酒を好み前科数犯を有するもので決して善良な父親とはいえず、母親もまた半いん唖者であつて、子女を教育するに十分な能力なくこの様な両親を中心とする被告人の家庭環境は決して良いものではなかつた。被告人は小学校及中学校時代数回に亘り他人の金品を窃取し本件犯行当時保護観察中のものであつたが、これらの非行は右の様な家庭環境がその原因となつていることは必ずしもこれを否定し得ない。又被告人が中学校卒業後就職を希望した際朝鮮人であることの理由をもつてこれを拒まれたことに対し、相応の能力ある被告人として、落胆もし、又不満を抱いたことも首肯される。併しながら被告人は本件犯行当時は判示○○○製作所に勤務し、相当の賃金を受け、雇主及同僚のうけも良く、傍ら本件小松川高校の夜学部に通い学業にも精励し得たのであつて、被告人の境遇、環境が本件の如き兇暴な性的犯罪の要因をなしたものと見ることはできない。
第三、本件は必ずしも計画的な犯行ではない。G子の場合は全く偶然の機会に小松川高校の屋上に出て、偶々被害者を見て即座に犯行に及んだものであり、又F子の場合も風呂帰りの黄昏道に偶々被害者を目撃し直ちに犯行を敢行したものであつて、予めこれを計画、企図した形跡は認められない。併しながら本件はいづれも衝動的、官能的な犯罪であつて本能的慾望のため刹那的衝動にかられて罪なき他人の生命身体を犠牲にした残虐極まる行為であつて仮にもこれを偶発的犯罪として軽視することはできない。殊に被告人は二回に亘つて同種の犯行を反覆したもので、これは正に被告人の兇暴性の顕れともいうべきであつて「一時的の心の迷い」として宥恕すべきものではない。
第四、被告人には本件犯行に対して改悛の情が認められない。最初の犯行であるF子の場合は犯行直後被告人は食事も摂れなかつたといい、自己の犯罪により相当の心理的衝撃を受けたことが覗はれるが二回目のG子に対する犯行に至つては、その遂行後被害者の所持品等について、犯跡を隠蔽するために、極めて周到な措置を構じながら、一方読売新聞社、警察署、或は被害者宅に数回に亘つて匿名の犯人として或は電話をかけ或は被害者の所持品を郵送し殊に読売新聞社に対する電話の中では「俺はうぶではない、人を殺したのは二度目だ」と二回に亘る犯行を誇示し被害者の肉親、或は許婚となつた人、又被告人自身と同窓の生徒達やその恩師が、あの無残な被害者の死に対し悲嘆に暮れ、捜査機関が犯人の捜査発見に苦慮焦燥しているのを尻目に、犯人の奇矯な行動として右の事実が、新聞、ラジオ等により報道されることに異常な興味を覚えていたものであつて、その間自己のこの恐るべき犯罪に対して一片の反省もなく、また寸毫も人間的良心の苛責を受けていない。そこには動物的冷酷さ以外の何ものも見られない。被告人は公判廷においてG子を殺害した事実、F子を死に至らしめた事実を認めながら姦淫の意思及姦淫の事実を否認し動機なき犯罪であるかの如く弁疏し全く改悛の情の認めるべきものがない。
第五、被告人は自己顕示の異常性格をもつていた。前記の如く新聞社或は警察署に電話をかけ、そのことが新聞、ラジオ等によつて報道されることに自己満足を覚えていたことは、一面被告人の右の如き異常性格によるものとも考えられるが、本件犯罪そのものは右の性格的欠陥とは何等の関連もなく、随つて犯情として酌量すべき事由とは認められない。
以上の如く本件は極悪非道の犯罪であり被告人のため何等情状酌量すべき点がないから極刑に処するのを相当と認めた。
よつて主文の通り判決する。
(裁判長裁判官 関谷六郎 裁判官 山崎茂 裁判官 伊東正七郎)